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ひぐらしのなく頃に業『鬼騙し編』『綿騙し編』『祟騙し編』 ネタバレ感想②

 fikusyon.hatenablog.jp

 

 前回の続き。

 今回はストーリーや構造で気になったところを挙げていく。

 なお、原作・旧アニメのネタバレがかなり含まれるので注意。

 

 

 

 正直、本作のストーリーには今のところ頂けない部分が多い。

 

 ひぐらし出題編の最大の肝は、圭一の視点に寄り添って進行する点にある。雛見沢の外部から来たよそ者である彼に視点が限定されることで、雛見沢の不気味さ、ストーリーやキャラクターのわけのわからなさが強調され、恐怖が増していく構造になっている。彼以外の視点がほぼないからこそ、余白を想像して恐ろしくなるのだ。

 

 ニューロティックスリラーの典型とも言えるストーリーラインである。主人公がおかしいのか、周囲がおかしいのか、最後までわからないようになっている。仕掛けとしてはありがちだが、ひぐらしが抜きん出て秀逸なのは、最初の日常パートで圭一が、どう考えても普通の好青年にしか見えないので、よくあるニューロティックスリラーと違い、圭一サイドが「正しい」と思い込まされてしまうところにある。ちなみによくあるニューロティックスリラーの場合、早い段階で主人公が「信用できない語り手」であることが提示される。作り手がフェアであることを示すためだ。ひぐらしは良くも悪くも「フェアさ」が欠けているのだけど、それが物語の面白さに奉仕しているので、個人的にはありだと考えている。

 

 で、業の場合。早い段階で圭一以外の視点が入る。ここで作り手は「今回は単なるリブートではなく新作ですよ~」と言ってくれているわけだが、元のひぐらしにあった面白さの本質からは離れてしまっている。僕はてっきり、「三話目からは梨花ちゃま視点になるのかな?」と思っていたのだが、そういう展開にはならなかった。ちょっと変化が加えられていて、絵面的に面白かったので、まだ楽しめていたが。

 

 

 とはいえ、この時点で気になった点も多い。

 

 前述した通り、元のひぐらしは圭一視点を徹底させているから怖かったのだ。今回は早くに梨花ちゃまの視点(ある意味メタと言っていい視点)を入れたことで、「梨花ちゃまが再び運命に抗う話なのかな」と多くの人間は考えたと思う。しかし、そこからまた圭一の視点に戻っていく。

 

 圭一の視点は「初見組」であり、梨花ちゃまの視点は「旧ストーリ知っている組」に分けられるわけだが、一つのエピソードで二つの視点を描いたことで、どっちつかずの話になった印象が強い。初見組は当然圭一に寄り添って観ていると思われるが、梨花ちゃまのメタ視点が入ったことで「これってループものなの? あと、この子だけはループを認識してるのかな」「へぇ、この世界にオカルトの要素なんてあるんだぁ」と、色々わかってしまう構造になっている。これは「元のひぐらしの面白さの本質」から外れすぎではないかと思う(突然物語が終わって何の説明もないまま時系列が何事もなかったかのように戻るのが原点の気持ち悪くて最高なポイントなのだが)。業のストーリだと前述したようなひぐらしの魅力「わけのわからなさ」「不気味さ」が消失してしまっているし、「オカルトか?人間による事件か?」という思考まで奪い去っていて非常に勿体ないんじゃないか。やはり初見組は、原作、コンシューマー、漫画版、旧アニメ版からひぐらしワールドに入ってほしいと思ってしまった。

 

 一方で自分のような「旧ストーリ知っている組」は、原点との違いを楽しむ要素が多い。問題は、ことごとくその変更ポイントが面白くない点だろう(あくまで個人的な感想)。『鬼騙し』はビジュアル的に新鮮なものがあって楽しかったが、『綿騙し』『祟騙し』は個人的に退屈の一言だった。

 

 『綿騙し』は終盤ちょろっと展開を変えてあるが、ビジュアル的に新鮮なものは皆無だった。元の『綿流し』にあった名シーンがすべて消されてこのありさまである。

 

 ちなみに僕が名シーンだと思っているのは「旧アニメ冒頭の梨花ちゃまが刃物で自分の頭をめった刺しするところ」「圭一が『詩音、お前は死んだはずだ!』と推理を突き付けたら『くけけけけけけけけけけ』と狂ったように笑いだして電話をガチャ切りされるところ」「消えた沙都子と梨花ちゃまの行動を推理するレナ」「園崎家に出向いてレナが推理を披露、魅音(詩音)を追いつめるくだり」「窓に小石をぶつけられて圭一が外に出たら詩音に刺される展開」「ベッドから詩音が襲ってくるシーン」と印象に残る名シークエンスが多い。綿流しで僕の好きな上記シーンは、すべてなくなっていた。

 

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怒られそうなのでこの後の例のアレは貼りません(苦笑)

 

 いや、なくてもいいんですけどね。(その分、こちらの予想を超えてくる面白いシーンがあればいいから。鬼騙しはそれがあった)。ただ、僕の基準から言えば、『綿騙し』は面白いシーンがなかった。梨花ちゃまが「もうこの世界捨てるわw」と圭一の前で自暴自棄になるシーンも、『鬼騙し』でまた袋小路に閉じ込められて困っているところを観せられた後なので、大した衝撃になっていないという……。

 

 

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 これはリセマラ百回越えの顔してますわ…

 

 『祟騙し編』はさらに観ていて退屈だった。『祟殺し』というよりは『皆殺し』をなぞっているわけだが、『皆殺し』の雛見沢の人たちが一致団結するあの展開は、たくさんの積み重ねが合って初めて燃える展開なので、今回のように悲劇を大して観せてもらっていない流れでは、白々しいものに見えてしまう。圭一詩音の「じゃあね、殺してくる」「仲間を信じろ!俺を信じろ!」「俺たちの信じる世界は~!!」というセリフも、「祟殺し」「目明し」「罪滅ぼし」がない状態だと、中二病の痛々しい妄言にしか聞こえなくて辛かった。いや、本来は良い台詞なのだ。ただ、業の流れだけでは押しの強さしか伝わってこなくて残念だった。祟殺しの悲劇的な結末と、沙都子が酷い目に遭っている直接的な描写がないことも関係しているだろう。ストーリー的に仕方ないのだろうけどね……。

 

 もちろん、今作は「ひぐらしをすでに知っている人」のために作られたものでもあるからこれで良いと思える人も多いかもしれないが、僕は「いや、そのくだりもう何度も観てるから……」とまったく乗れなかった。完全オリジナルなのに、原作、コンシューマー、漫画版、旧アニメ版で見たことを、ほぼそのまま繰り返されていて反応に困るのだ。しかもこのシリーズ(業)での積み重ねがないので、繰り返しの指摘になってしまうが、一致団結していく下りは他の媒体で観るより燃えなかった。

 

 で、例によって沙都子を救うことに成功するわけだが、案の定、惨劇が発生。以前は哲平を一方的に殴っていた圭一が、今度は哲平に殴られる展開は愉快なのだが、残念ながら想像の域を出ていない。もとの『祟殺し』『皆殺し』の無常さには到底及んでいなかった。あとレナから真相を口頭で聞かされて終わるのも、なんだかなぁ、と思った(一応、猫騙し編の一話目で回収されてるけどね)

 

 『鬼騙し』『綿騙し』『祟騙し』のオチがすべて「実は、圭一さんが眠っている間にこういうことがあったんですってよ」と誰かが口頭で教えてくれるENDになっている。……う~ん。このワンパターンさは、脚本段階でどうにかならなかったのか。

 

 悲劇の法則性や黒幕を推理しながら観てもらおう、と作り手は考えているのかもしれないが、純粋に話が前のものより面白くないので乗れない、というのが僕の正直な感想。なんだったら「いやいや、綺麗に終わってた話なのに何してくれてんの?」という腹立ちも多少あるくらいだ。

 

 作り手は「初見組もひぐらしを知っている人も両方楽しめる」と公言しているが、少なくとも初見組は、絶対に業から観るのはやめるべきだと思う。

 

 両方を楽しませようという作り手の志は買いたいが、現段階だと、どっちつかずの印象しかない。初見組には「突拍子もなくネタ明かしすぎ」、旧ストーリ知っている組には「話が平坦すぎ」。やはり開き直ってどっちかに寄せた語り口にすべきだったんじゃないかと思う。

 

 初見組に向けて作るなら、そのまんまのリブートを。旧ストーリーを知っている組に向けて作るなら、梨花ちゃま視点でのお話を。それくらいの思い切りは必要だったんじゃないか。

 

 ここまでストーリーや構造の気になったポイントを挙げてきたが、まだ業は続いているので、これから(僕の中での)評価は上がっていくかもしれない。往々にして物語のマイナスに感じられていたポイントが、オチを見てプラスに転じることはあることだからね。

 

 しかし、実は一番微妙に感じられているのはストーリーではないのだ……。それについては③で語っていく。